動物を飼うには責任が伴います。ちゃんと世話できるというのでなければ、飼うべきではありません。自身、一人暮らしでしっかり世話をできないので、現在は動物を飼っていません。
こうした責任について伝えてくれる、素晴らしいパンフレットを東京都福祉保健局が作製していました。前から知っていたものですが、はるさめさんも紹介してることだし、これは是非とも皆さんに読んでいただきたいものなのでご紹介。
次に、それとは別に、今度はもっと過激なものを紹介したいと思います。正直言ってエグイので、ホラー小説が苦手な方は読まないほうが良いです。それは、餓死寸前の犬を展示したというアーティストのお話。
「犬の餓死」
リアルタイムに知ったわけではないのですが、ニュースっぽい記事も見かけたので、完全ではないにしろ、少なくとも部分的には事実なのかな。これが知られるようになったとき、餓死するのを展示――というのを聞いた時点で拒否反応を示した人たちも多かったようで、署名運動もあったとか。しかし、この話はその顛末まで読んで、そのアーティストが恐らく人々のエゴを描こうとしたのであろうことも知っておくべきです。
犬を餓死寸前にする行為が非倫理的であるし、こんなものはアートじゃない――という議論はさておき、結局、描き出されたのは、脊髄反射的に犬を救い出した人々がその責任を放棄していく光景(もちろん、時間稼ぎにでも助けたほうが良いという応急的措置もありますけど、それもさておき)。
こんな話は現実的ではないと思う人もいるかもしれない。でも、日本にだって、きちんと世話もしないのに動物をどんどん拾ってきてしまうアニマルホーダーもいますし、保護した動物を虐待するような人もいます。無責任に野良猫の餌づけをする人もいます。いっときメディアに注目された「崖っぷち犬」なんていうのも、募集に応募してきた里親にいったん引き取られた後、結局は愛護管理センターで飼われています(徳島新聞, 獣医師会雑誌-pdf)。
こうした問題があるため、動物を保護する施設などでは、譲渡会の際には里親候補の審査を厳密化しているところも多いようです(崖っぷち犬のときも審査はした筈なんですけれど、残念ながら見抜けなかったようで…)。
さて、何を言いたかったかというと、「動物を飼うのは大変で、多くの責任を負う行為です。それは動物を助ける場合にも同じこと。覚悟の上で助けてくださいね」ということです。助けるつもりが不幸を招く――なんてことがないように、脊髄反射で動くだけじゃなくて、自分の行為について考えることをやめないで欲しいんです。
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